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第7話 婚姻とは、急ぎ過ぎですわ

Auteur: フクロウ
last update Dernière mise à jour: 2025-09-11 19:00:15

 突如、焙煎室の外から飛び込んできた怒鳴り声。耳慣れた声に、わたくしの肩が跳ねました。

 扉が開くと、色とりどりの花束を抱えたクラリスが立っていました。そして、その頬には大粒の涙が。

「クラリス! なんてことを! わたくしはともかく、王子の会話を盗み聞きするなんて大罪ですわよ!」

「大罪でも何でも結構ですっ!」

「なっ……!?」

 クラリスは泣きじゃくりながら叫びました。

「どんなに苦いコーヒーだって、何杯だって飲みます!」

 その剣幕に、わたくしは言葉を失いました。まさかクラリスが──わたくしに対して怒っている?

「レオナール王子、よろしいでしょうか!」

「もちろんだ。今のリディアには、きっと君の言葉が一番響くだろう」

 王子はクラリスから花を受け取り、香りを楽しむと、静かに焙煎室の外へと出ていきました。

 わたくしとクラリス、二人だけの空間に──緊張した沈黙が満ちる。

「では|僭越《せんえつ》ながら、改めて申し上げます。リディア様!」

 クラリスは目に涙を浮かべたまま、しかし真剣な面持ちで言い放ちました。

「──私、リディア様を許しません!」

「い、いきなり何を……!」

「使用人を置き去りにしたことが罪だなんて、勝手に決めないでください! 誰もそんなふうに思ってません!」

 クラリスは、両手の甲で涙をぬぐいながら、まっすぐにわたくしを見つめます。鼻水をすすり、とてもお客様の前に出すことはできないくらいに目が赤くなっています。

 

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